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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)762号 判決

原告

金房夫

ほか一名

被告

樺工設株式会社

ほか一名

主文

一、被告らは各自原告金房夫に対し金二六万一、六八〇円とこれに対する昭和四三年四月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告林礼粉に対し金一三万七、二五〇円とこれに対する昭和四三年四月一七日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らのその余を原告らの負担とする。

四、この判決の一項は仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

(原告ら)

被告らは各自原告金房夫に対し金二〇五万六、〇〇〇円、原告林礼粉に対し金一八二万七、〇〇〇円とこれに対する昭和四三年四月一七日から右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと

訴訟費用は被告らの負担とする

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告ら)

原告らの請求を棄却する

訴訟費用は原告らの負担とする

との判決。

第二、原告らの請求原因

一、死亡交通事故の発生

(一)  とき 昭和四二年九月一三日午後二時五五分ごろ(晴天)

(二)  ところ 高槻市川西町二〇番地の一四(国道一七一号線、アスフアルト舗装)

(三)  事故車 普通乗用自動車(大五ぬ二八〇七号)

(四)  運転者 被告芝田逸子(進行方向西から東)

(五)  被害者 金映世(当時六才、北から南へ横断歩行中)

(六)  態様

(1) 区分 接触、はねとばし

(2) 内容 事故車が時速四〇キロメートル位で進行し、その前方を左から右に横断中の被害者に同車左前部を接触させてはねとばしたもの。

(七)  死亡経過 顔面頭部等全身打撲傷ないし擦過傷、挫創、右大腿骨骨折、骨盤骨折を直接死因として死亡。

(八)  権利の承継 原告金房夫は金映世の父、原告林礼粉はその母(金映世は同原告らの二男)であるから、いずれも金映世の相続人(相続分各二分の一)である。

二、帰責事由

被告らは、次の事由により本件事故より生じた原告らの損害を賠償すべき責任がある。

(一)  根拠 被告会社 自賠法三条

被告芝田 自賠法三条、民法七〇九条

(二)  事由 本件事故車は被告芝田の所有であり、同被告において被告会社代表取締役として自らこれを運転し被告会社の業務(建設業)のために使用していたものであり、しかも本件事故は、被告芝田において、金映世が事故車前方にたたずみ、横断の機をうかがつているのを目撃しながら、警音器を吹鳴することも減速徐行することもせず漫然進行し、同人が横断をはじめたのに制動することも忘れて前記結果をまねいたものである。

三、損害

(一)  金映世の得べかりし利益の損失 三三五万四、〇〇〇円

右算出の根拠は左のとおりである。

(年間給与所得額) 三六万三、一〇〇円

(「第一八回労働統計年報」男子二〇才~二四才の平均年間給与額による)

(生活費) 四〇パーセント

(年実収入額) 二一万七、八一〇円

(就労可能年数) 三七年(二三才から六〇才まで)

(年五分の中間利息控除後の現価) 三三五万四、〇〇〇円

なお、金映世は、健康な六才の男子で、学校の成績も優良であり、原告金房夫が同族会社訴外日新ステンレス株式会社の株主で且つ同社の総務課長の職に在つて家計も裕福であるから、将来、当然大学教育を受け、同社に入社し、可成りの収入をあげることが考えられる。

(二)  金映世の入院雑費 二、六〇〇円

右は寝巻二枚と「さらし」分であり、原告金房夫が負担した。

(三)  金映世の葬祭関係費 二二万六、四〇〇円

その内訳は左のとおりであり、原告金房夫が負担した。

(イ)  葬祭費 七万六、六〇〇円

(ロ) 僧侶謝礼(四九日まで) 二万円

(ハ) 満中院法要 三万円

(ニ) 葬式車代 四、八〇〇円

(ホ) 死体運搬謝礼 五、〇〇〇円

(ヘ) 葬式の際の回葬者接待諸雑費 九万円

(四)  原告らの慰謝料 各一五〇万円

右算出の根拠として特記すべきものは左のとおりである。

(イ) 金映世は、前記のとおり健康で学業成績もよく、性格も素直でやさしい子であつたから、同人の横死による原告らの精神的打撃は尋常ではない。

(ロ) 被告らは、葬式の前に顔を出しただけで、原告らとの交渉にも応ぜず、金映世の死は自殺であるとして、原告らの自賠責保険金請求をも妨害する態度をとり、一点の誠意も示していない。

(五)  弁護士費用 各一五万円

四、損害のてん補

原告らは、自賠責保険金から二九〇万円、被告芝田から一〇万円合計三〇〇万円の支払いを受けたので、これを前項(一)の金映世の逸失利益の一部(原告両名の相続分のうち各一五〇万円)に充当する。従つて、右残額は各一七万七、〇〇〇円となる。

五、本訴請求

よつて、原告金房夫は、金映世の得べかりし利益の相続分残額と、その余の損害金合計二〇五万六、〇〇〇円、原告林礼粉は、右同様相続分残額とその余の損害合計一八二万七、〇〇〇円と、これに対する本件不法行為の日の後である昭和四三年四月一七日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを被告らに対して請求する。

第三、被告らの主張

(答弁)

一、請求原因一(死亡交通事故の発生)の事実中、(一)ないし(四)は認め、(五)のうち、年令は不知、北から南へ横断歩行中との点は否認し、(六)のうち時速四〇キロメートルで運転中、事故車と金映世が事故車の左前部(左前側バツクミラーの下部)に接触したことは認め、その余の点は否認し、(七)、(八)の点は不知、骨盤骨折が直接死因であることは通常考えられないことであり、死亡と事故との間には相当因果関係が存しない。

二、同二(帰責事由)の事実中、事故車が被告芝田の所有であること、同被告が建設業を営む被告会社の代表取締役であることは認めるが、その余の点は否認する。被告会社は事故車の運行支配および運行利益の帰属主体ではない。

三、同三(損害)の事実中、(一)の点は不知、なおその算定方法は極めて合理性を欠くもので失当であり、(二)、(三)の点は不知、(四)の(イ)は不知、同(ロ)は否認し、(五)は争う。

四、同四(損害のてん補)の事実中、原告らがその主張のとおり支払を受けたことは認める。

(抗弁)

一、免責

本件事故は、訴外金映世が、進行中の事故車の前方五・三メートル附近で突然無謀な飛び出し行為をなしたために生じたもので、被告芝田としては、これを回避し得るすべはなく、運転上に何ら過失の存しなかつたものであり、当時事故車には機能上も構造上も何ら欠陥は、しなかつた。それ故、被告らは、本件事故による損害の賠償義務主体ではない。

二、過失相殺

仮りに、被告芝田にいくばくかの過失が存したとしても、前記金映世の重大な過失は、賠償額の算定にあたり充分斟酌されるべきである。

第四、証拠関係〔略〕

理由

一、事故の状況等

請求原因一(死亡交通事故の発生)の事実中、(一)ないし(四)の点は当事者間に争いがない。

〔証拠略〕を総合すると左の事実が認められて、他にこれを左右するに足る措信すべき証拠はない。

(現場の状況)

本件事故現場は、東西に通じる歩車道の区別のある舗装道路である。北側舗道の幅員は約三・二〇メートルで、東行車道の幅員約五・五〇メートルとの境に幅約一メートル、東西に約二一・四〇メートル、高さ約〇・七〇メートルのグリーンベルトがあり、その西方約三五・五〇メートルの地点に南北に幅約三・三〇メートルの押ボタン式信号機のある横断歩道があり、その西側端から約六・二五メートル西方に南北へ幅約四メートルの横断歩道がある。東西に走行する車両の数は事故のころ一分間に約二五台程度で、制限速度五〇キロメートル毎時の規制がなされており、当時は晴天で路面は乾燥し、見とおしは良好であつた。

(被告芝田の状況)

被告芝田は、本件道路を、事故車を運転して東進し、前記西寄りの横断歩道手前で対面信号が黄色の表示にかわつたため一旦停車し、その東寄りの横断歩道を一般の通行人と下校中の学童(一年生)数名が左から右へ横断した後、対面信号が青色に変つてから発進し、東行車道の中央寄り(前記グリーンベルトから約二・五〇メートル)を徐々に加速して約三〇キロメートル毎時に達したころ、その約二〇メートル左前方の前記グリーンベルトの樹木の蔭に、ランドセルを背負い、黄色い帽子をかぶつて佇立し西行車道の方を見て事故車に気付いていない下校途上の被害者(小学一年生)を発見したが、同人が事故車の進路前方を横断することはないものと判断して、警音器を吹鳴することもなく、特にその動静を注視することもしないまま更に加速運行し、ほぼ三八キロメートル毎時位に達したころ、右被害者が道路を北から南へ(右側へ)横断しようとして事故車の前方に走り出したのを約一〇メートル左前方に発見し、反射的に制動操作をなしたがおよばず、被害者に事故車左前部を衝突させて約七メートル左前方へはね返した。

(被害者の状況)

被害者は、直ちに、被告芝田に介抱され、事故車で近くの深井病院へ運ばれ、医師の手当を受けたが、顔面全体の表皮剥離、右前腕骨折、尺骨骨折、右大腿骨骨折の重傷で意識は明瞭でありながら周期的に強い腹痛を訴える原因を把握されないまま右搬入後三時間余り経過してから被告芝田の申出により大阪医科大学病院へ運ばれ、更に手当を受けたが約三時間後に死亡し、同院医師によりその原因は腰部打撲に基づく骨盤骨折にあると死体検案された。

〔証拠略〕のうち、右と異なる部分は、当裁判所はこれを援用しない。

右認定の事実からすると、本件事故は、被害者の飛び出し行為に原因すること明瞭であるけれども、被告芝田においても、進路左前方二〇メートル位のグリーンベルトに、対向車道の方を見て事故車の近接に気付いていない被害者を発見しながら、警音器を吹鳴して自車の接近を予知させるなりしなかつた点、危険の発生を未然に防止する観点から、通常運転者に課せられた注意義務に欠けるところがあつたものといわざるを得ない。けだし、小学一年生とはいえ、その思慮判断と行動とは一般成人に比べて極めて短絡的で、自己本位的行動に及ぶ傾向の強いことは、いかに交通安全教育が普及して来たとはいえ、吾人の経験則に照らし否めないところであり、被害者が、グリーンベルトの外側歩道部分に佇立しているのなら格別、グリーンベルト上に佇立して、しかも対向車道上を見ている気配がうかがえる状況にあつた以上、同人が対向車の間隙を求めて横断の挙に出ることのあり得ることに配慮をめぐらし、事故車の接近を警音器の吹鳴によつて知らせるべき注意義務が存したものといわざるをえないからである。

そして、被害者が、本件事故の数時間後に死亡したことは、右認定のとおりであり、仮りに、当初の応急手当等を施した深井病院の担当医師にいくばくかの不手際が存したとしてもそれによつて死亡にまでは至らない筈の被害者が死亡したこと、つまり事故と右死亡との因果関係の相当性につき合理的な疑念を生じさせるに足る反証は存しないから、右死亡は、本件事故によるものと認めざるを得ない。

(権利の承継関係)

〔証拠略〕によると、同原告が被害者・金映世の父、原告林礼粉が金映世の母であることが認められて、これに反する証拠はない。原告らはその主張の相続分に応じて金映世の権利を相続したものである。

二、帰責事由

本件事故車が被告会社代表者である被告芝田所有のものであることは当事者間に争いがない。そして、〔証拠略〕を総合すると、

被告会社は、土木住宅建設を営業目的とする法人(昭和四二年六月設立、資本金一〇〇万円)で、被告芝田の夫芝田三郎がそれ以前(昭和二三年ごろ)から個人企業として営んでいた建設業を右法人組織としたもので、同人と被告芝田が事務職員三名位を使用し、外に現場従業員一〇名ないし二〇名を使用して、右業務を遂行し、事故車を被告芝田名義で昭和三五年に購入し、それ以来被告芝田及び夫三郎において、右営業のためならびに私用のために運行の用に供していたものであり、本件事故は、被告芝田において、大阪府枚方市の肩書住所地から、被告会社の社用のため事故車を運転して同府茨木市へ行き、用事をすませて枚方市へ帰る途中に発生したものであることが認められる。

〔証拠略〕のうち、右認定に反する部分は〔証拠略〕に照らして採用し難く、他に右認定を左右するに足る措信すべき証拠はない。

右事実からすると、被告会社は、被告芝田と共に、本件事故車を支配し、その運行による利益の帰属主体でもあつたこと、つまりこれを自己のために運行の用に供していたものといわざるをえない。被告らは、いずれも自賠法三条により本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

三、損害

(一)  金映世の得べかりし利益の損失 二九一万円

被害者金映世が本件事故当時満六才の男子であつたことは前認のとおりである。そこで、同人の将来得べかりし利益を左のとおり算定する。

算定年収額 五二万六、四〇〇円(全産業一八才~一九才男子労働者平均月収定期給与額、平均年間賞与等、労働省労働統計調査部編、昭和四二年「賃金構造基本統計調査」による)。

生活費 五〇パーセント

就労可能年数 四二年(一八才~六〇才)

ホフマン係数 一二・一八九六(年毎複式ホフマン方式)

逸失利益額 二九一万円(千円以下切捨)

なお、被害者が就労可能に至るまでの養育費は、その算定が事実上極めて困難であるうえ、負担の主体もその監護義務者たる原告両名であるから、年収額の認定との関連においても、その控除はなさないこととする。

(二)  金映世の入院雑費 二、六〇〇円

〔証拠略〕により、被害者金映世が本件事故により重傷を負い、前記両病院で手当を受けた後(約五時間)死亡するに至つた間、原告金房夫が右の雑費を要したものと認める。

(三)  金映世の葬祭費 二〇万円

〔証拠略〕によると、同原告が金映世の葬儀関係費として、その主張の金額位の出捐を余儀なくされたことを認めることができるけれども、本件事故と相当因果関係のある損害として、被告らに負担せしむべきものは、社会通念に照らし、右金額の限度をもつて妥当と認定する。

(四)  原告らの慰謝料 各一五〇万円

原告らにとつて、かけがえのない生命であつた金映世が、突然の事故により、原告らに先立ち再び相まみえることのできなくなつた原告らの悲しみと精神的苦痛は想像以上のものがあると思われ、これを慰謝するには、それぞれ右金額が妥当であると認める。〔証拠略〕

(五)  弁護士費用 原告金房夫 二万五、〇〇〇円

同林礼粉 一万二、〇〇〇円

本件事案の内容、審理の経過、後記認容額、その他弁論の全趣旨に徴し、原告らがその代理人に本訴訟代理を委任した(記録上明らか)ことによる費用のうち、右金額を本件事故と相当因果関係のある損害として、被告らに負担させるのを妥当と認める。

四、過失相殺

前認定の事故状況から明らかなとおり、本件事故は、被告芝田逸子の過失もさることながら、亡金映世の歩行者横断禁止場所における飛び出し行為が他方の要因をなしているものであるから、民法七二二条二項により、前段損害のうち、(一)ないし(四)の金額につき各四五パーセントを控除する。

五、原告らの損害額

原告金房夫 一七六万一、六八〇円

原告林礼粉 一六三万七、二五〇円

なお、原告らが亡金映世の両親として、その逸失利益の各二分の一を相続していることは、先に認定した権利承継のとおりである。

六、損害のてん補

原告らが、自陳のとおり、原告らが既に損害金の一部金員を受領していることは当事者間に争いがなく、これを、それぞれ右損害額に充当すると、原告金房夫については残額が金二六万一、六八〇円、同林礼粉については金一三万七、二五〇円となる。

七、結論

されば、被告らは各自原告金房夫に対し金二六万一、六八〇円、同林礼粉に対し金一三万七、二五〇円と右各金員に対する本件不法行為の日の後である昭和四三年四月一七日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で理由があり、その余は理由がないから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村行雄)

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